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占星術と占星学は違うのか?

「占星術と占星学は違うのか?」
 知人のU氏からやってきた久々のメールで、私はこう聞かれました。
 「同じ。占星学と呼ぼうが、占星術と呼ぼうが、星占いと呼ぼうが、中身は同じ。」と、私は返事しました。
 「ええと、アナタがやっているのはどっちだったっけ?・・・あ、同じ? ということは・・・」と、U氏。
 そうです。星占いも占星術も占星学も・・・根本は同じです。
 
 星占いは子供の遊びで、占星学は高尚なもの、まあ、そう言いたくなることもありますね。
 私の師同然であったルルラブアさんも、「占星学」という本をお書きになりました。「占星学」と名乗るからには、それなりの知識量も心構えもある、そういう気持ちのあらわれです。が、「占星学」と名乗ったとしても、その基本構造は「星占い」と同じもの。もちろんルルラブアさんも、それをわかっておられた上で、敢えて「占星学」というタイトルをつけられたのです。

 U氏は、ある占い関係者から、こう言われたそうです。「占星学は、非科学的な占星術などとは違うのです。」、と。

 「そうなのか?星占いは占いで、占星学は科学になるのか?」
 いいえ、占星学は科学ではありません。非科学的な占星術と同じもの、です。
 占星術を占星学と称すれば、それは科学になるのか? いいえ、なりません。
 
 最近、公開鑑定に応募された方のメール内にこうありました。「西洋占星術は、とても緻密で、何か科学的な感じがします。」
 占星術では、星の位置を詳細に算出するために天文計算プログラムが欠かせません。その部分では、科学的なツールを使っている、とはいえるでしょう。
 かつて、アメリカで占星術迫害が起こった時代、占星術は科学です!という言い方で迫害を逃れた有名な占術家もいます。つまり、占星術は科学的なデータを用いているものであり、いかがわしい悪魔のまじないなどではない、ということが言いたかったのでしょうが・・・。そして、そう言いたくなる心情も、私にはもちろん、よくわかるのですが・・・。しかし・・・。
 
 天文学と占星術。天空を見上げるところまでは、この2つは同じです。太古の昔、月の形で大潮の到来を予言していた時代には、占いと科学は混沌と一体化していたのです。
 が、その後、2つは別々の道を歩み始めます。
 ケプラーは、天文学を賢い母と称し、占星術を愚かな娘になぞらえました。ですが、それはケプラー家の家計の問題です。つまり、賢いか愚かか、などということではなく、(その頃の時代に)経済力があるかないかだけの問題を、なんとも紛らわしい言い方をしてくれたものです。
 
 天文学と占星術は、母と娘の関係などではなく、双子の悪魔と天使の関係だろうと私は考えます。まあ、どちらが悪魔でどちらが天使かは、ご想像にお任せいたしますが。
 双子の・・・と書きましたが、つまり占いと科学は、発生の姿が良く似ているだけでなく、太古においては仲むつまじくじゃれあう関係性ですらありました。しかし、その自我が生じ始めるやいなや、性格もその目的もまったく違っていることが判明し、歴史の中で成長するに従って、異なる姿になっていきます。が、姿は異なり、住んでいる世界も異なっているにも関わらず、必要としている食料は同じなのです。その食料とは、天空の輝きです。
 
 満月の瞬間を(予測して)計算することはできます。火星の逆行がいつ頃起こるのかを計算することも、現代ではできるでしょう。それは科学です。さらに、それらは厳密には予測です。予測という部分では、天文学も占いも、(この言い方は誤解されてしまうかも知れませんが)似たような部分はいまだにあります。
 
 そして、天空の星の動きを利用しなければ、占星術の結果は申し上げられません。天文学を利用して占いをしているだけなのだろう、と言われることもあります。たしかにそうです。そのとおりです。占星術は、いつの間にか、天文学という樹に絡みつく蔦のようなものになってしまったのかも知れません。
 とにかく、天文学の知識がなければ、占星術を理解することはできません。春分点移動、黄道傾斜角、惑星軌道、月の秤動、これらはすべて、ヘレニズム時代の哲学者や科学者たちが理解していたことです。
 ですから、占星術を学びたい、という方には、私はまず天文学の入門書をおすすめしています。そこに書いてあることが理解できなければ、占星術を理解することはできないからです。が、「なぜこんな本を読むんですか?」と、その時点で、不満そうな顔をした人たちもたくさんいますが。つまり、占星術の根底には天文計算があります。その部分が正しくなければ、占断結果も正しくはありません。
 
 しかしながら、いつしか天文学は、占星術を嫌い、憎みさえするようになっています。むしろ、占星術など消えてほしい、と願っているでしょう。ですが、占星術は天文学を必要とし、太古の蜜月の時代に想いを馳せながら、天文学との関係性を維持したい、と切望します。たとえ足蹴にされたとしても、占星術は天文学に縋りつくでしょう。が、縋りつきながら、「占星学を科学と認めてください!」と、どだい無理な要求をするのはいかがなものか。
 ほとんどの占星術家は、天文学者の前では、どうしても遠慮がちになります。(私もそうです。)しかし、遠慮し、沈黙を守りながらも、同じ天空を眺める権利は、占星術師にもあるはずだ、と信じているのです。
 
 天文学で予測するのは、位置や時間です。それだけ、なのです。などと言うと、天文学に携わっている方に失礼になってしまうのかも知れませんが、事象を科学するとはそういうことです。そこには、何らの想いも運命もなく、ただそれだけ、です。天文学に携わっている方々は、実に真摯で真面目な、そして無欲な方が多い、と私は感じます。でもだからこそ、占断に利用されるのは我慢ならないのでしょう。
 
 占いも事象を予測するのではありませんか?という質問は当然あるでしょう。
 占いが予言するのは、事象を引き起こす原因としての運命要因です。結果的に事象になるかも知れない・・・という曖昧な部分です。そしてそこには、未来の期待や想いも込められているわけですが・・・。
 が、未来に対する期待の大きさを数字で計ることはできず、ある瞬間の想いを正確に分析して再現することなどできるわけもなく、従って占いは科学ではありません。当然のことながら、占いがあたるかあたらないかを、科学で証明することもできないのです。
(的中率99%、というような宣伝文句を目になさることがあったとしても、それはイメージを喚起するだけの文字列。正確な数字ではありません。)
 
 
 何回も書きます。占いは科学ではありません。昔は、不思議な現象はすべてオカルトと呼ばれました。占いも、科学も(よくわからないことは)すべてオカルト、悪魔の手法として扱われたのです。
 18世紀、電気の実験を繰り返すベンジャミン・フランクリン宅で、下男が「悪魔の館だと思われたらどうしましょう」というようなことを心配していた、というのは有名な話です。
 しかし現代社会で、電気がオカルトだと言う人は一人もいないはずです。そして、占いと科学はまったく違う、ということは、はっきりと申し上げておいたほうがいいでしょう。
 
 では占星術とは何か?
 占星術とは(それを占星学と呼んだとしても同じことなのですが)、天空の星の輝きや動きというマクロコスモスと、心や運命というミクロコスモスとの照応論を基本とした運命推測、というように説明するのがわかりやすいでしょう。
 つまり、天空の星々と、人々の心には何らかの関係がある、という考え方が占星術の基本にあるのです。「天空の星々」⇔「心の状態と運命」。が、その関連を科学的に証明することはできません。それが占星術です。

秋月さやか


参考文献:
「占星術 科学か迷信か」
H・J・アイゼンク D・K・B・ナイアス 岩脇三良訳 誠信書房
「星空への旅」地球から見た天体の行動
エリザベート・ムルデル著 新田義之監修・市村温司訳 人智学出版社

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