ムーンラボカフェ

二月初午すみつかれ

 初午というのは、旧暦二月の最初に巡ってくる午の日。
(旧暦二月は春分を含む朔望月。そして午の日とは十二支の午が巡ってくる日。)
 初午は、稲荷信仰の行事日で、農村においては田の神をお迎えする日である。
 そして、一部の地域では、初午の日には火を使わないという決まり事が、古い時代にはあったのだという。初午の日に火を使わなければ、1年間、火事を出さない、と。午は五行では火をあらわす。つまり、旧暦二月、冬から春にかけての乾燥した空気の中で、火の始末に気をつけるように、という戒めの行事だったのだろう。
 といっても、火を使わないと煮炊きはできないわけで。だから、初午の前夜には、明日の料理を用意しておく。そこで必ず用意されるのが「すみつかれ」。たぶん、「それって何?」と思った方も多いはず。これは現在、日本の北関東、筑波山を中心とした地方でしか食されていない郷土食の料理名。が、その歴史は古く、「宇治拾遺物語」にも登場する由緒ある料理なのである。「しもつかれ」と呼ぶ地方もある。
 
 かつて友人が筑波山の麓に住んでいて、よく泊めてもらいに行った。
 ある日、「明日、すみつかれだから」と友人が言う。ああ、そういえば、祖母がそんなことを言っていたような…。節分の豆まきの後、「昔は、すみつかれ用に、節分の豆を取っておいたもので…」とかなんとか。「すみつかれなんて面倒、風邪引くからしないでね」と、私の母に念押しされていたっけ。
 面倒?風邪をひく? それは「墨つけられ」か?と私は想像した。羽子板遊びで負けたほうが墨で落書きされる罰ゲーム。墨を付けられ、さらに豆をぶつけられ…そんな罰ゲーム行事が昔はあったのかも…。ふ〜ん、明日の朝、それをやるのか。神社かどこかで。
 「すみつかれ、やっているの、まだ見たことない。」こたつに入り、あくびをしながら私は友人に言った。「面倒だからうちでは作らないわよ。明日、大家さんが持ってきてくれるから。」「はあ?」「明日の朝はすみつかれを食べるのよ!」なんと、すみつかれとは料理名らしい。
 「墨が入っているとか?」「まさか」「じゃあ、すみれが入っている?(すみれの語源は墨入れである!)」「何言ってんのよ」「じゃあいったい…」「とにかくね、明日になれば、実物が見れるって。」
 

画像:【占い歳時記】二月初午すみつかれ


 果たして次の日の朝早く、我々は叩き起こされた。「すみつかれ」を入れたどんぶりを抱えた大家さんによって。
 それは…大根おろしの中に、塩鮭のほぐし身、煎り豆、焼いた酒粕を混ぜ、だし醤油で味付けしたものであった。つまり、おろし大根和風サラダ。寝ぼけながら食べる「すみつかれ」は、ひたすら冷たかった。これが平安時代からの決まり事なのだという。
 古くは旧二月の午の日(2〜3回ある)には1日中火を使わなかったらしいのだが、そのうちに初午だけになり、火を使わないのは午前中だけ、せめて朝だけ、というように時代と共にルールも甘くなっていったらしい。
 「すみつかれ」だけでは物足りないので、稲荷寿司や赤飯、こんにゃくの煮物などが付く場合もあるが、すべて冷たい。とにかく旧二月初午の朝は冷え切っているのである。辛いのは、お茶を入れる湯を沸かせないこと。だから、村の年配者たちは、この日には朝から冷酒を飲むのだとか。ああ、火ってありがたいものだとしみじみ感じる日でもある。火は生活の基本。かまどは家の中心。火を大事にすれば、家も安泰。健康も財運も守られるというわけ。
 
 さて、すみつかれの材料は4つ。大根、大豆、塩鮭、酒粕。大根の水気が火を制し(もちろん大根は健康に良く)、大豆は魔除けと生命力の印。鮭は海の幸と命の塩をあらわし、酒粕は米と発酵をあらわす。きわめて呪術的な料理といえそう。(注・にんじんの細切り、刻みあぶらあげを加えるバージョンもあります。)
 「すみつかれ」は特別な行事料理で、午の日の前日以外には作らないように、と言い伝えられている地方もありますが…。作り方は簡単ですから、初午には、ぜひ火の用心と家内安泰を祈ってどうぞ!

「すみつかれの作り方」

1・大根をおろす。
 この時、伝統的には鬼卸(おにおろし)と呼ばれる目の粗いおろし器を使用。木の板に短い竹櫛が並んで突き刺さっている道具。慣れると目の細かい大根おろし器よりも便利!なければ、普通の大根おろし器でかまいません。1人分、小どんぶりに半分もあれば可。

2・大豆を用意する。
 煎り大豆を使用する場合には、とにかくよく煎る。煎った大豆を酢に浸して使うこともあるようです。が、煎り豆は堅い! 我が家では塩豆(一袋200円ぐらいの豆菓子)を使用。茹で大豆でもいいでしょう。1人分、片手にひとつかみですが、お好きならたくさん入れても。

3・鮭を用意する。
 昔は塩鮭の頭骨(氷頭)を刻んだり、中骨についた身を削ぎとって使用したといいます。現代では塩鮭の切り身を焼いてほぐすのが一般的。鮭のほぐし身の瓶詰めでも、水煮缶詰でもいいでしょう。我が家はほぐし身の瓶詰めです。1人分スプーン5杯程度でしょうか。

4・酒粕を焼く。
 板状になっている酒粕を使用。あぶって焼き、焦げ目がついたら小さくちぎります。個人差がありますが、1人分、4分の1枚もあれば。ただし、お酒がダメな人、お子様用には入れないで。

5・仕上げ
 私が知るところでは、ふたとおりの作り方があります。煮ないバージョンでは、1〜4を混ぜて完成。 煮るバージョンでは、1〜4を混ぜて弱火で30分ほど煮てから冷まします。そのままでもいいですが、醤油、あるいはポン酢醤油を少量。煮ないバージョンでは、大根の辛味を緩和するためにポン酢醤油が好まれます。

占術研究家 秋月さやか


参考文献:
日本の行事料理 タイムライフブックス

占い歳時記 > 二月初午すみつかれ

この記事のURL