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太陽と恒星の時計

 昼間は、太陽の高さや方位が、時を示す手がかりになります。東の空から太陽が昇る朝。天空高くに輝く昼。西の空に沈む夕方。そして太陽が地下に沈む夜。おおまかにはそうした区分になりますが、そのうち、人々は、太陽の影の方向が、時と共に移動していくことを知ります。

 古代歴史物などには、「明日、あの木の陰が、この井戸に達したら、ここで会おう」などというシーンがあります。これはつまり、時間の約束です。

 古代において、1日の時を知るには、日時計が用いられました。太陽の位置イコール時間だったのです。日時計の棒は古代中国では土圭と呼ばれ、それが時計の語源。メソポタミアや古代エジプトでは、ノーモンと呼ばれる日柱が用いられました。オベリスクも、このノーモンの一種なのではないか、という説があります。

しかし、夜間は太陽が見えません。古代バビロニア、あるいは古代エジプトの占星術師たちは、時を計るために、目立つ恒星や特徴的な星々の群れを選んで目印にしていました。たとえば、アルデバラン(牡牛座α)、レグルス(獅子座α)、アンタレス(蠍座α)、フォーマルハウト(南の魚α)など占星術でロイヤルスターと位置づけられている星を見てください。とにかく目立ちます! 「あの地平線に輝く明るい星が、天頂高くまで昇ったら、夜の半分はもう過ぎている」といった程度であったかも知れませんが、それにしても、星の動きが、時を計る目安となっていたことだけは確かでしょう。

 占星術師たちは、東の地平線上に昇ってくる星々のことを「ホロスコープ」と呼びました。「ホロスコープ」とは、時を見るという意味。星座を眺めることで、地上の時を計ることが、古代の占星術師たちの重要な仕事だったからです。時計の文字盤表示が12なのは、古代バビロニアにおいて黄道12星座を基準として時を区切ったことに由来しているとされます。

 時計、それは歯車と振り子の発明によって生み出されたものです。鼓動のように一定の時を刻み、そして星の軌道のように一定の周囲で回る歯車。まるで時計の中に小宇宙が内包されているかのよう。だからでしょうか、時計職人は、中世ヨーロッパでは魔術師のように考えられていました。そして時計には装飾として12星座宮が描かれることが多かったのです。

 

占術研究家 秋月さやか

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