「ルル・ラブアさんの思い出」・・・・・・・・・・・・・・・
日本で占星術を勉強する人なら1冊は必ずルルさんの御著書を持っているでしょう。
私自身、ルルラブアさんの本がきっかけで占星術を学びました。
高校生の頃の話です。
東栄堂「占星学の見方」がそれ。
私はその前から天体観測(というか、ただ星を眺める)ことが好きだったので、
中学生の時にはすでに、自分が誕生した時の天体の位置は調べてありました。
が、エフェメリスを見たらなんだか違っていたので、びっくり。
これは結局、春分点移動の問題で、星座と星座宮がずれていたためです。
が、高校生の頃の私は、天文学の星座しか知らなかったので変だと思いました。
それが、ルル・ラブアさんの本で、どういうことかわかったのです。
学生時代、しょっちゅう占星術の本は読んでいましたが、
いつも本棚から取り出すのはルル・ラブアさんの本なので、
最初の本は、すぐに表紙が擦り切れてしまいました。
学生時代が終わった時に、私は全然別な人生計画があって、
日本をしばらく離れました。
海外で、ようやく洋書の占星術の文献に巡り合ったのです。
(占星術以外にもいろいろ。中国語モノとかも。)
その頃は、暇(?)だったので、ずいぶんいろいろと読み漁りました。
が、占いは趣味だったので、占い関係の仕事をするなんて、考えていなかった。
日本に戻ってきた時に、私は将来の生き方で悩んでいました。
それこそホロスコープを眺めながら。
そんな時、偶然が手伝って、雑誌に占いの原稿を書いてしまったのですが、
でもそれでも、占いを仕事にしようとはやっぱり思っていませんでした。
もう15年以上も前の事になりますが、ルル・ラブアさんとは、
とある占術関係の知人の結婚披露宴の会場でお目にかかったのが最初です。
ルル・ラブアさんは、濃い青色のワンピースをお召しでした。
それ以来、ルル・ラブアさんには、いろいろとおつきあいいただきました。
占星術の原稿執筆を仕事にしている、というお話を伺い、
私もそんな仕事ならやってみたい、と、その時、初めて思ったのです。
ルルさんの御自宅にもしょっちゅう呼んでいただきました。
お茶の水の本屋さんの帰りがけにお邪魔したこともあるし、
夜中、酉の市とかお堀端の夜桜鑑賞にお誘いしたこともありました。
ルルさんが猫を拾ったことをきっかけに甲府に引っ越されてからは、甲府のお宅に。
連休など、甲府のお宅に数日泊めていただき、2人で富士山を見に出掛けたり、
ルルさんのご両親とも一緒に、小淵沢に行ったことも懐かしい思い出です。
あの頃、NHKで武田信玄をやっていて、そのロケ地を見に行ったのでした。
「元気甲斐」という駅弁を買って、桜の花の下で4人で食べたこととか・・・。
まるでそれが昨日の事のように思い出されるのに、
昨年末、ルル・ラブアさんは逝ってしまわれました。
亡くなる前日に、急にルルさんのお兄様から連絡があって
甲府の病院にお見舞いに行きました。
その日は意識が戻ってらして面会もできて、
「また明日も来ます」といって帰ったのですが、
次の日にお見舞いにいったら、もう面会謝絶でした。
身内ではないので、病室には入れてもらえなかったのです。
でも、せめて最後をおくって差し上げたかった。
あの時、なんとしてでも無理を言って病室に入れてもらえばよかったと、
それが悔やまれてなりません。
結局、私が面会できないまま病院を出た直後に亡くなられたのです。
ここ数年、おかげんがあまり良くはなかったのですが、
お見舞いが必要なほどの病気ではない、とご本人は電話では言っているので
「そうなのか」と思っていましたが・・・。
まぁ、日頃から具合が悪くなっても誰かを頼ったりしない方でした。
そんなに長生きしたくない、ともおっしゃっていました。
が、それが、こんなに早く来ようとは、誰も思っていなかったのです。
「ルルラブアさんの生年月日」・・・・・・・・・・・・・・・・・・
去る2000年2月3日、ルルラブアさんのお別れ会が行われました。
といっても、実業之日本社、学研関係の編集、著者のみの内輪の集まりでした。
占術協会からは浅野先生がみえられました。
会場で世話人代表の伊藤(マドモアゼル愛)氏から発表があり、
いずれ広まってしまうことでしょうから、私もここで書きますが、
ルル・ラブアさんの生年月日についてです。
(ただし生前、ルル・ラブアさんは生年月日までしか公表したことはありません。
それ以上、つまり時間については、一切公表なさっていませんし、
ご本人も、以下のような事情で、時間の特定はなさっていません。)
ルルラブアさんは終戦の年の11月19日、朝方に出生。疎開先の茨城県にて。
ただし難産で、胎盤を被った仮死状態で生まれたため、ほとんど死産と思われ、
疎開先であったことでもあり、しばらく放置されたそうです。
ルルさんのお母様のお話では、外はもう明るくなっていたといいますが、
なにせ仮死状態だったので、いつ呼吸を始めたのかがわからない、ということ。
(時間不明で何枚か出生図を作成しておられたと私は記憶しています。)
このお話のたびにお母様は「ほんとうに啓子さん(ルルさんの本名)には、
かわいそうなことをして・・・」といつも悲しい顔をして謝っていました。
亡くなられたのは、1999年12月27日午後5時半前後とのことです。
「ルルラブアさんから教わったこと」・・・・・・・・・・・・・・・・
私はルルさんのお弟子ではないのですが(ルルさんはお弟子を一切とらなかった)
それでも、いろいろな折りにつけお話を伺うことができました。
そのお話を少しづつまとめてみよう、と思っています。
その1:結婚を占うことについて
結婚の相性のこと。ルルさんは日頃、こういってらした。
「まず、相手が結婚向きの人間か、そうでないかを見極めること。」
そう。たぶん世の中のすべての人が結婚に向いているわけはないのです。
私個人が思うには、3分の1ぐらいの人々は結婚には適していない。
(でも、無理して結婚してみることもあると思う。)
そして3分の1の人々は、結婚向き。
家庭を作ることで、人生の目的がほぼ達せられる人々だと思う。
残り3分の1の人々は、相手次第。・・・とまあ、このように思います。
つまり、相手(そして自分)が結婚に向いているのかいないのかを見極めること。
自分自身が結婚に向いていないのに、相手に結婚相手としての条件を厳しく求める
というのはどんなものだろうか、ということです。
具体的には、男性のチャートなら、月(妻)に対する他の星のアスペクト。
これが悪ければ、あまり結婚向きの人ではありません。
これが良ければ、家庭を持つことに向いているのです。
女性の場合は、太陽(夫)に対する他の星のアスペクト。
これが悪ければ、家庭の奥さん向きではない、ということになります。
これが良ければ、結婚したほうが幸せになれるとうことでもあります。
そしてまた、ルルさんはこうもいってらした。
「相手を変えることは無理だから、まず最初に相手を良く見ること。」
「私の愛の力で相手を変えて見せる」なぁんてことは不可能でしょうね。
相手がどんな生き方をしたいと思っているかを、きちんと知るべきだというのです。
相性を見るのはそれから、と、そう伺いました。
次に、ようやく相性を見る訳ですが、大事なのは以下。
結婚なら、男性の場合は、自分の太陽に対する、相手の星のアスペクトを中心に見る。
これが良ければ、相手のおかげで仕事もよくできるし、メダテシメデタシ。
悪ければ、仕事の邪魔をする妻になってしまうわけです。
女性の場合は、自分の月に対する相手の星のアスペクトが一番大切。
これが良ければ、妻として大切にしてもらえる、
悪ければ、結婚して損した、と思うかも知れません。
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